人事を尽くして天命を待つ

posted : 2016/09/20

現役を引退してから1年。選手時代には経験できなかったさまざまなことが起こり始めている。そして久しぶりにアナコンダ皮痴くんが登場する今回のコラムです。

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今年の夏は人生で最も熱かったかもしれない。もちろん、ガオランを挑戦者に迎えWKAのタイトルを防衛した2003年や、ブアカーオを倒し魔裟斗戦を実現させた2008年も熱かったが、2016年の夏は現役時代とは一線を画するモノだった。というのも、名古屋Krushの大会実行委員長に就任したり、東証一部上場企業である住友ベークライトで社員研修の特別講師として招聘されたことが大きい。昨年のプロキックボクサー引退から新しい人生が始まってちょうど一年が経ち、新しい光が灯りつつある。

 

というわけで、こんにちは。佐藤嘉洋ランキングの作成に数時間も費やした結果、女王・川村ゆきえの牙城を脅かす石川恋と内田理央の台頭に目を細めている佐藤嘉洋です。

 

Krushについて言えば、私自身が試合をするわけではない。裏方として宣伝し、協賛を集め、チケットを売り、選手の魅力が伝わるようゲスト解説を務めただけだ。忙しくはあったが、選手ほどには大変ではないはずだ。やはり、リング上で戦う選手たちが一番大変だし、一番尊い。

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しかしながら社員研修での講演に関しては私一人の力に拠るところが大きく、力量を大いに試されることになった。だから試合のリングに上がるつもりで、緊張感を抱いて臨んだ。担当の方は、なんと昨年末から社員研修に取り組み始めており、この企画にいかに気合いを入れているかが伝わってきた。私も、その期待に応えたいという使命感のようなものがあった。だから、時間をかけて綿密な準備もした。何かを伝える側としてまだまだ経験の少ない私は、早めに研修会場に入り、この仕事を斡旋してくれた武田邦彦先生が行っていた講義の雰囲気や受講生たちの態度などを感じ取り、部屋に戻って自分の講演内容を修正したりもした。考えてみれば、今までの講演で一度として同じ内容にしたことはない。顧客のニーズにどれだけ応え、喜んでいただくか。全力を尽くすということは、準備段階も含めてのことだと理解している。

 

これは風俗の師であるアナコンダ皮痴くんから学んだ。彼はただなんとなく風俗に通い詰めているのではない。気になった嬢の日記を何ヶ月も前から読み込み、写真を使いまわしていないか、めんどくさそうに文章を書いていないか、客の一人ひとりに対して丁寧なコメントを返しているか、それらをしっかりとリサーチした上で予約しているのである。さらには、店に行く3日前から射精を控え、滋養強壮のサプリメントを積極的に摂り、睡眠不足を避けて万全のコンディションに整える。いよいよ当日となると、シャワーを浴び、髪を整え、クリーニングに出したばかりの勝負ジャケットを羽織って嬢の心証を良くし、さらなるパフォーマンス向上を期待するという徹底ぶりだ。

 

私がまだ現役選手だったとき、風俗帰りの皮痴くんとコメダコーヒーでお茶をしたことがあった。先に店に入った私がシロノワールを食べていると、程なくして黒いジャケットを着た皮痴くんが私の前に座った。ん? スッキリしているはずなのに、なぜか浮かない顔をしている。その理由を尋ねると「自分としては完璧な準備をし、確信を持って予約した嬢だったのですが、完全な地雷嬢でした。時短はされるし、利き腕は骨折してギプスしているし……」とため息混じりに口にした皮痴くんは、運ばれてきたアイスコーヒーを力なく啜っていた。

 

「それはけしからんですね。怪我をしている女の子を働かせるなんて」と憤慨し、私は続けた。


「店にクレームを入れたらどうですか?」

 

皮痴くんが勢い込む私を手で制し、そして熱く語り始めた。

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「徹頭徹尾、自己責任なんですよ。たとえ偶発的に骨折している嬢に当たってしまったとしても、徹底的にリサーチして、この子なら間違いないと自信を持って入った訳ですから。『転んじゃった、てへ』という日記のコメントを見て、そういう可能性を見抜けなかった自分が悪い。よしんば、怪我した嬢を働かせる店が悪かったとしても、それをホームページなりで見抜けなかった自分の実力不足。嘉洋さんにとってのリングも同じでしょう? あなたがリングで全力を尽くしているように、僕は風俗のベッドで全力を尽くすだけなんです。たとえそこで満足のいく結果が得られなかったとしても、それはそれでもう仕方がない。全力を尽くしたら、勝っても負けても、あとは反省して、修正して、また挑戦する。ただそれだけです」

 

私は現役中に、表立った言い訳はただの一度もしなかった。インフルエンザにかかったときも、口を真一文字に結んだ。それは、この頭の狂った友達の熱い言葉が胸にあったからだ。「人事を尽くして天命を待つ」という古くからある名言を皮痴くんは風俗を通じて習得したのだ。準備をして全力を尽くした経験は何よりも勉強になることを彼は実証している。

 

果たして、社員研修での私の評判は……すこぶる良かった。「勇気のカケラ」「0からではなく1からのスタートで」「マイナスの感情はすべてプラスに変えられる」「考え方によって物事の見方は変わる」など、いくつかのテーマで話をした。武田先生からも「大成功でしたね」とお墨付きをもらえたほど。私の講演には、笑いの要素もかなり入れている。今回は女性社員も何人かいたため、下ネタはなるべく排除した。が、佐藤嘉洋ランキング2016夏の陣だけは、最後の最後にスクリーンで発表させてもらった。時間の都合上、「ガチャピン顔」「ニット線」「けしからんパイ」「連結」という造語の説明まではできなかったものの、夕食後の談話室での集まりでは、石川恋と内田理央の「連結」のことで男性社員と大いに盛り上がったことは言うまでもない(意味不明の造語についてはいつかじっくりと説明します)。

 

あのときの皮痴くんに話を戻して今回のエッセイを終えることにしよう。

 

「ということは、イッタランの刑(拙著『1001のローキック』参照)を発動したんですね?」

「いえ、たしかに利き腕の右手にはギプスをつけていましたが、左手のぎこちない動きが、それはそれでなかなか良くて」

 

皮痴くんは少し間をおいて、ためらいがちに、しかし自信を持ってはっきりと締めた

 

「これぞまさに、怪我の巧妙ですね」